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続・林業を変えるとは,どういうことか

田端英雄

バイオマス利用熱電併給システムを実現するために,いま必要なこと

前にも述べたが,日本の現状では,バイオマス利用熱電併給システムの実現は,実験的なもの (例えば自家発電と熱の自家利用) をのぞいては,実現は困難である.なぜなら,発電した電気の自由な売買ができないからである.電力会社に安く買いたたかれるようでは,なかなか採算ベースに乗せるのが難しい.現段階では,電力会社が提示する買い取り価格は,四−五円/kWhである (電力会社の売値は二十三−二十四円/kWhである). クリーンな電気を買いたいという人が,バイオマスで発電した電気を買える仕組みが必要である.その一つが,電力の自由化である.無農薬栽培の野菜や米を買うのと同じように,電気も買えないとおかしい.電力の自由化をした国々では,今では,電気はインターネットで売買される時代なのである.電力の自由化は,様々な規制緩和の一環として議論されるべきであるから,その一部を取り上げて自由化の議論をするのは,適切ではないのだが,電力の自由化とは,どんなことなのかについて理解していただけないことが多いので,少し説明をしたい.電話の自由化を思い浮かべれば,わかりやすい.NTTの電話線をNTT以外の電話会社が利用し,NTTに使用料を支払う.電気の場合も,京都でバイオマスを使って発電した電気を大阪の消費者が買い,電気料を京都の発電業者に支払う.京都の発電業者は送配電費用を電線を持つ電力会社に支払う.大阪の消費者は京都で発電された電気を使っているわけでなく,他の発電業者の発電した電気を使っているわけだけれど,こういった形で,電力の自由な売買が成立する.スウエーデンなどでは,降雨量が多くて水力発電が安くなると,木質発電は休業して競争できるようになるのを待つといったことも起きているし,安く燃科が入手できたときには,スポット価格の電気が売りに出されることもある.電力の自由化は世界の趨勢で,日本でも,必ずいつか,実現するものと思う.問題は,いかに早く,それを実現するかである.

再生可能でクリーンなバイオマスを利用したコジェネを進めるためには,窒素や硫黄の酸化物や二酸化炭素を排出する化石燃料に対して窒素税,硫黄税,炭素税などの環境税を課税するような,地球の将来を見据えた仕組みも必要であろう.スウェーデンでは,環境税が課税されないバイオマス燃料が,もっとも安価な発電燃料となっている.

こういった仕組を,日本でも早く実現して,バイオマス燃料利用熱電併給システムを,日本中に実現したいものである.林業を変えるための仕組みとして考えるとき,後継者問題,技術の継承など,現在の日本の林業の現状を考えるならば,その実現は,ここ十年以内でなければ意味がない.

しかし,今は,林業を変えるために,バイオマス利用熱電併給システムが役立つことを明確にするために,パイロットプラントの設置を,ぜひ実現したいものである.木質発電だけが唯一の道ではなく,伐採,搬出,製材などの過程で,六〇%もの林地残材や製材廃材を利用する道は,新しい炭やペレットの生産やその利用など,工夫はいろいろあることも付け加えておきたい.

林業と農業はリンクして変わる必要がある

里山とは,里山林とそれに隣接する農業環境からなる自然である.林業をよみがえらせ,日本の自然の保全を林業が担うことによって,再び,林業に誇りを取り戻そうという提案をしたが,それは林業だけではなしえない.里山の自然は(ここを「日本の自然は」と置き換えてもよい),農業環境を抜きには考えられないからである.里山林にいる生き物の中には,林と農業環境の双方を利用して生活しているものが多いからである.農業も変わらないと,真の意味で林業が誇りを取り戻すことはできない.林業が変わっても,減反政策で林に隣接する田んぼや畦やため池がなくなれば,自然は保全できない.そこで新しい林業と農業の連携した取り組みが模索されないといけない.田んぼで繁殖活動するゲンゴロウやミズカマキリやタイコウチが,田んぼの畦やため池の土手で摂食するノウサギが,田んぼの畦で産卵するイシガメが,絶滅が心配されているメダカが,里山で生き続けるためには田んぼや畦や用水路やため池がよみがえることが不可欠である.使われずにに緑豊かな林があるたけではだめなのだ.私は,ナタネ油らヂーゼル油(バイオヂーゼル)を作るためのナタネを栽培したり,バイオマスの安定供給のためのヤナギを栽培することで,農業の活性化と減反政策で放棄された田んぼの復活を提案している.耕作放棄に対して補助金を使うのでなく,中山間地の農地での耕作に対して,直接所得保障を含めて捕助金を使うのなら,納得もできよう.再生可能な資源の利用という意味で,農業と林業が日本の自然の保全のために連携することが可能なのだ.

森林所有者への呼びかけ

かつての里山林も多くの人工林も,いまは管理放棄されて,危機的状況にある.人工林についていえば,造林や下刈りや間伐などに莫大な捕助金が使われてきたのは,いったいなぜなのか.私有財産の運用に莫大な公費が使われ続けて国民からの不満がなかったのは,日本の自然の保全に林業が寄与しているという了解があったからではないのか.莫大な公費を使って作られた人工林が,管理放棄されて荒廃している.責任はだれがとるのか.林野庁が責任をとるというような話は聞いたことがない.もし,森林所有者が管理できないのなら,何らかの方法で管理できる仕組みを作るために工夫が必要である.森林は森林所有者だけのものではないからである.コモンズといった考えでもよし,新しい意味あいを持った入会でもよし,土地の所有権を越えて,森林を管理する知恵が必要である.森林所有者からも,何らかの応答を期待したい.今こそ,地方から,あるいは能力のあるところから,新しい林業を提案すべきなのだと思う.そして新しい森林の管理へ向けての動きを作り出すことである.荒廃の結果生ずる様々な後始末に,また莫大な公費が使われることになるのは目に見えている.林野庁も森林は大切だとはいうが,日本の林業をどうするかについて方針を出していない.これだけの森林資源を持つ国が,その資源を利用する方針を出せないというのでは,お粗末である.しかし,元気な林業人はいる.元気に林業をやっている人たちの結集が,今こそ必要である.

三回にわたって里山について,毎回読切りで書いたが,わたしの主張の根拠になっている里山の自然の生物学的特性,つまり,里山とはどんな自然なのか,そこで生き物がどんな生活をしているのか,里山は今どんな状況なのか,などについて十分書けなかった.生物学の研究者が,どんなことを調ベ,農業や林業に開する提案をしているのかについて,理解していただくために,田端編著「里山の自然」(保育社,一九九七)を読んでいたたげると幸である.参考文献の(四)では,バイオマス利用熱電併給システムの実現可能性や,新しい農業へのわたしの新しい提案について議論している.

(京都大学生態学研究センター・助教授)

参考文献

(一)田端英雄:里山の保全,「文明と環境」九巻,「森と文明」(朝倉書店 (一九九六)
(二)田端英雄:里山との新しい関係,「ビオトープの計画と設計」(工業技術会)(一九九七)
(三)田端英雄: 巻頭言里山を守るとはどういうことか, 「科学」(岩波書店),六八:六〇九(一九九八年八月号)
(四)田端英雄:木質熱電併給システムによる里山の持続管理を−前しい農業・再しい林業「科学」(岩波書店),六九:二八−三一(一九九九年一月号)

初出: 随想森林 No.42