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里山を守るとはどういうことか

田端英雄

生物の生活の研究から.薪炭林としてくりかえし利用されてきた林(里山林)と,それに隣接する田んぼや畑とその畦,ため池,用水路などがセットになった自然を里山と呼ぶのが適切であるということがわかってきた.田んぼの畦は草を刈って人為的に維持されてきた草地で,一つ一つの畦は狭いけれど,畔はつながっているので,全体では膨大な面積になる.しかし,田んぼの畦が日本の植生として扱われることはなかった.昔から薪炭生産のためにくりかえし伐られてきたアカマツ林やコナラ林などは800万haもあるのに,薪炭林とか2次林とかいわれて人為の加わった価値の低い自然のように考えられて,生物学の研究の対象になることはほとんどなかった.だから,わかっていないことがまだまだ多いが,現段階では,ため池から繁殖のために田んぼへ移動する水生昆虫の移動距離を重視して,里山林の縁から幅1〜1.5kmの耕作地と里山林をセットにして残す里山の保全を筆者は提案している.

植物のレッドデータブックは,日本の高等植物のほぼ3種に1種が絶滅に瀕していると報告している.しかも深刻なのは,つい最近までごくふつうにみられた身近な植物,つまり里山の植物が絶滅に瀕していることだ.里山の自然は貧弱な自然ではなくて,実に豊かな生物相を保持してきたことも明確になってきた.田んぼの畦や河川の堤防などに生活する草原性の植物が,平地の田んぼの基盤整備事業や河川管理によって,中山間地では減反政棄による耕作放棄によって,すみ場所を失っている.その結果,草原性のチョウが絶滅危惧種に名を連ねることになった.里山林は緑濃いのに,定期的な伐採によって維特されてきた異質な環境のモザイク状配置という里山林の環境構造が失われ,里山林の生物が生活できなくなってきている.このように林業や農業の変化によって里山の危機的状況がもたらされたのだから,農業や林業のありようを変えることによって.この状況を克服するほかに道はないのではないか.

里山という文化遺産と,里山林の管理技術や稲作を中心にした農業技術という里山文化の継承が,里山の所有者だけでは担えそうにない状況なのである.しかし,里山林や田んぼが生物多様性の維持機能をはじめ多くの優れた公益的機能をもっている以上,今,里山林や田んぼをどうするのかについて,所有者以外の市民も参加して里山の保全に関する国民的合意形成を大胆に目指すべきときがきている.何よりも里山の保全は日本の自然の保全でもあるからである.その過程で,研究者の説明責任が問われることになるだろう.“国民の共有財産である里山にどう手を加えるとどうなるか”について研究者は説明しなければならない.筆者の提案は,小規模分散型熱電併給システムと新しい炭焼きによって里山林を利用する里山管理である.田んぼについても,林地と同じように“社会化”を視野に入れて,農業の担い手の広域公募や市民農園などの多様な手法で,放棄田の復元をめざしたい.いま話題の愛知万博は上に述べた里山をめぐる状況をふまえて,里山の未来を展望できる複数の代替案について環境影響評価をおこない,十分な情報公開を含む合意形成過程を経て決定すべきである.

(「科学」1998年8月号)