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木質熱電併給システムによる里山の持続的管理を
新しい農業・新しい林業

田端英雄

日本の山は濃い緑に覆われているが,その内実は荒廃している.里山にすむ多くの身近な生物が,私たちの身辺から姿を消しつつあることが,なによりも如実に日本の自然の荒廃を示している.高等植物の3種に1種が何らかの形で絶滅に瀕しているという.日本の自然にいったいなにがおきているのか正確に予想することもできないが,脅しではなく事態は深刻である.なぜそうなったのか.

一言でいえぱ,農業や林業の変容によって,里山利用の形態が変化し里山が放棄されてきたために,生物の生活環境が多様性を失ったからである.したがって,日本の生物的自然を回復し保全できるかどうかは,農業や林業のあり方を変えることによって,いかに里山利用を回復できるかにかかっている.

里山林を利用して里山林の自然を保全するたあの,私たちグループの提案は“新しい炭焼き”と“木質燃料を利用した小型分散型の熱電併給システム(コジェネレイション)”による里山林の持続的利用と持続的管理である(1)(2)

木質熱電併給システム

さて,里山の木を燃やすことによって,どれだけの熱や電力が得られるのだろうか.

全乾の木質燃料の発熱量は平均480×104kcal/トン・hである.蒸気タービンを用いる場合,熱電変換率を860kcalあたり1kW,発電効率を33%とすると,1トン/hの木質燃料で1840kWhの発電ができる(現在,製材時の廃材を使った2000kWhの木質熱電併給プラントが日本ですでに稼働している).実際には夜間,発電量を落とすが,ここでは24時間同じように稼働させるとして計算を試みると,4人世帯の電力使用量を平均3500kWh/年とすると,この電力は約4600世帯分に相当する.

さらにこのシステムは,燃料供給の制約から小型分散型になるので,発電で利用した分(全発熱量の33%)の残りの大部分(全発熱量の50%近く)を燃料乾燥,地域冷援房,農業,リクリエーション施設,製材業の製品乾燥などに利用する“コジェネレイション”が可能で廃熱は全発熱量の20%以下になる.地域冷暖房をおこなえば,上の電力は少なくとも6600世帯分に相当する.この点で,燃料の長距離輸送が必要で,排熱利用なし,消費地への送電過程でのロス(約5%)を特徴とするため,エネルギーの利用効率が35%程度になる大規模集中プラントと異なる.さらに,すでに実用化段階にあるガスタービンを用いた複合サイクル(IGCC)を導入すれぱ,発電効率を50%に近づけることができる.

バイオエネルギー利用の背景

第1次石油危機以来,エネルギー問題といろいろな環境問題が関心を呼ぶようになったなかで,再生可能なエネルギー資源,あるいは環境面から安全なエネルギー資源として,木質燃料を含むバイオエネルギー資源に関心がはらわれた.解決困難なゴミや廃棄物の処理問題も関係がある.同時に,電力生産が立地問題,化石燃料による環境負荷,放射性廃棄物の処理などを抱えて曲がり角にあることも背景にあるだろう.さらには農学へのエネルギー作物の導入などもあって,さまざまなバイオエネルギーが注目されるようになった.アメリカにさえ500以上のバイオ燃料を使用した発電プラントや熱電併給プラントがあり,種々の燃料が利用されている(3)

1992年,リオデジャネイロでおこなわれた国連会議での気候温暖化防止のためのCO2排出削減の呼びかけ以降,いっそうバイオエネルギーに関する議論は各国で熱を帯びている(4).地質時代に固定されたCO2を放出することになる化石燃料とは異なり,木質燃料は大気中のCO2濃度を増加きせない.1993年に石油会社のロイヤル・ダッチ・シェル社が,バイオマス利用プロジェクトに関するレポートを出したことが状況をよく示している(5).現在では,バイオ燃料はシェル杜の将来戦略の一つとなっているらしい.EUでは,2010年までにバイオマスエネルギーの利用を現在の3倍以上に増やす目標(再生可能エネルギーの73%)を決定した.いっぼう,太陽光利用の設定目標は3%にすぎない.

日本の経済統計などでば自然エネルギーに含められ明確な資料はえられないが,日本でも紙パルプ業界では黒液・樹皮・木屑などバイオ燃料の自家発電利用が図られ,1996年には,重油(34.5%)に匹敵するバイオ燃料(33.9%)が使われている(6)

バイオ燃料利用の先進国スウェーデンの事情

スウェーデンはバイオ燃料利用における先進的な国として知られているが,バイオ燃料利用をすすめる契機になったのは,第1次石油危機であった.石油資源をもたないスウェーデンは,外国に依存しない代替エネルギーとして木材利用を追求することになった(図1,2)(7).現在では、炭素税,硫黄税などの環境税の導入によって,地域暖房ではバイオ燃料がもっとも安価な燃料であり,自由競争に基づくバイオ燃料市場が形成され,バイオ燃料供給は安定した産業に成長している.注目したいのは,石油危機以後のスウェーデン政府と日本政府の資源政策の違いである.スウェーデン政府は一貫してバイオ燃料政策をすすめてきた.

図1 スウェーデンにおける総エネルギー供給(左)と地域暖房におけるエネルギー源の変遷(右).ともにバイオ燃料の増加が目立っている.ピート(泥炭)をバイオ燃料の中に含めることには問題があるが,ピートの使用量は年々減少している.

図2 スウェーデンにおける地域暖房で使われる場合の燃料価格比較.木質燃料には,硫黄税だけでなく,その使用が森林の成長量以下ならばCO2の環境不可はゼロなので,CO2税も課税されない.ただし,国際競争力を維持するために産業用の燃料には,民生用,商業用燃料とは異なった税率が課せられる.

とくに,環境税(環境負荷の内部化)の導入による.税制(8)と,自由な電力の購入やスポット価格による電力取引などを可能にする電力市場の自由化(9)とによる杜会的インフラの整備が,スウェーデンにおける木質燃料資源の活用の道を開いた.1997年現在,全エネルギー供給の19%がバイオ燃料である(図1a)(7).ただし,スウェーデンでも木實熱電併給プラントはまだ多くなく,今後増えることが予想される*

日本におけるバイオ燃料利用
——その実現可能性と緊急性

薪炭林の伐期を15年として,15年生の里山林の蓄積を100m3/haとして計算を試みる.ここでは排熱によって燃料を乾燥させてプラントに供給する(10)として,1トン/h,年間8760トンの全乾木質燃料を里山林から得るためには,容積密度を0.4とするとほぼ220haの里山林が必要である.15年伐期とすると,約3300haの里山林が必要である.広大な面積である.

しかし,日本には500万-600万haの里山林があるといわれている.人工林の伐採時に残される林地残材(全伐採量の35%もあり,この残材による災害も心配されている)や売れない間伐材をこのプラントの燃料にすることによって,新しい価値が生みだされ,林家に新しい収入がもたらされ,人工林管理にも展望が出てくるだろう.1995年におけるわが国の森林生長量(9000万m3)の3分の1を発電にまわすことによって,年間207〜311億kwh(わが国の全発電力量の約3%)の電力が供給できるという試算もある(4).バイオ燃料供給業による雇用の創出も可能になる**

さらには,今ほとんどが無為に焼却・投棄されている製材廃材(全伐採量の26%),造園業の勢定枝,建築廃材,枯死木など処理費用のためにマイナス価値をもつ燃料などと総合的に組みあわせることによって,さらに安定的な燃料供給が可能になる.

採算はとれるのか

経済的採算性についてもふれておこう.炭素税や硫黄税などの環境説の導入によって,木質燃料がほかの燃料と価格的に太刀打ちできるような社会的仕組みを作ること,電力市場の自由化によって電カ会社に買いたたかれることなく,電力を自由に売れる状況を前提に試算を試みてみよう.

すぺての燃料を里山に依存するとして,伐採搬出を5000円/m3(容積密度を0.4)と設定し(乾燥燃粋1.5万円/トン),人件費,設備償却費,保守点検費,事務経費を計算すると発電原価は19.99円/kWhとなる.これに送配電線使用料4円/kWhを加えても,エコマークつき電力として24円〜25円/kWh(現在の電気料金は1kWhが約23.4円)で売れれば,排熱利用による収入増と合わせて採算性が期待できる.

ここで現在投棄・焼却されている製材廃材,勢定枝***など無料ないしは安価に入手可能な燃料を組みあわせることによって,燃料供給を安定化させるだけでなく発電原価を低くすることができる.排熱利用による利益をどれくらい見込めるかにようてその収益性は異なってくるが,地域冷暖房,製材製品乾燥,農業施設,リクリエーション施設などを統合させることによっで健全な採算ベ一スに乗せることが十分期待できる.

ただし,日本の電力は外国と比ぺて高いので・将来価格変動が予想されるが,そのときには採算性に問題が出てくるかもしれない.また,日本の林業が個人所有者によつては維持できなくなる状況もありうる.そのときは,これを社会的共有財産(コモンズ)として考えなげればならない.おのずと森林の管理に,ほかのコモンズと同じように,公的な資金の投入が必要となり,コスト計算も異なってくる.

里山林が薪炭林として利用されていたときと同じ手法で,その持続的利用を提案しているのだが,各地で蕃積されてきた管理の技術やノウハウの継承が林業労働者の老齢化・後継者難などのためにむずかしくなっている.したがって,こういった新しい試みを早く立ち上げることが,技術の継承のためにも緊急な課題であるといえよう.

私は,旧来の炭焼きとともに“オガ炭”“セラミック炭”“粉炭”など“新しい炭”の生産,高性能ガス化ストーブの開発普及と一体となったブリケット生産などと“小規模分散型の木質熱電併給システム”を複合的に導入することによる里山林の活用を提案している.そして,新しい炭焼き・ブリケット生産のための伐採・搬出。チップ化のプロセスは,木質熱電餅給プラントヘの燃料供給と同じでもある.しかも,焼却・投棄されている生ゴミや。オカラとか.サトウキビ,ミカンの絞りかすなどもバイオ燃料になるものも多く,生ゴミ利用のバイオガスなども,同じ視点から見直すことができる.

田んぼを維持していくために

里山の生物的自然の保全には,里山林だけでなく中山間地の田んぼや畦,ため池や灌漑用水路の維持が欠かせない.耕作放棄に対して補助金を出して生産調整し,過剰になった農産物の価格縫持をおこなう手法は,日本だけでなく先進各国でおこなわれ,農地の荒摩や用地転換が問題になっている.これは農業における桎梏でもある.近い将来,中国が巨大な食糧輸入国になることなどを考えるとき,日本がどこまで今の食糧自給率でやっていけるのか確かな展望はないだろう.

将来、農地不足を招かぬためにもこれ以上の農地の荒廃や農地転換は考える必要がある.そこで,余剰生産力をバイオ燃料植物の生産(バイオディーゼルの原料となるナタネやバイオ燃料の安定供給のためにヤナギの萌芽再生栽培)に当てることによって,農地とその生産性の維持ができないものか.

比較的生産性の高い平地田でバイオ燃料植物の栽培をおこない,日本の生物的自然,文化財,さまざまな公益機能を保全するために,生産性は低くても中山間地の放棄田を農地として復活してもらい,それに対して補助金を出す.農耕放棄に対して補助金を出して結果的に自然の荒廃を招くよりも,こういった補助金のほうが国民的合意が得やすいと思うがどうだろう.生産調整にもなり,補助金を巡るデカップリングの手法としても実行可能なものだろう.結果として中山間地の生物多様性を保全することにもなり,日本の自然の保全をこういった新しい農業・林業が支えることになるとすれぱすばらしい.

ただし,具体化にあたっては伐採や集材・搬出のために林地が荒れ果てることのないよう,生物のすみ場所と生物の多様性の保全に十分な配慮がなされなけれぱならない.

* 燃焼にともなうダイオキシン問題は解決されている.また.灰の処理については保全のために林地へもどすことが検討されているが.その手法については研究の余地がある.現在はセメントに混ぜて処理したりしている.

** 木質燃料の持続的利用には,地域ごとに私有林を含めた伐採計画を議論・決定していく組織も必要だ.

*** 愛知県造園建設業協会の統計によれぱ,1997年愛知県で約11万7000m3(約2万9250トンに相当)の剪定技が主に焼却処分され.その処理費は約4億6000万円であった.これを木質熱電供給システムの燃料にすると.1840kwhのプラント1.3カ所を稼働できる.剪定枝は実際にはこれより多い.

文献

  1. 田端英雄編著: 里山の自然,保育杜 (1997)
  2. 田端英雄: 科学, 68, 609 (1998), 8月小特集: 万博は環壌と共生できるか, 巻頭言“里山を守るとほどういうことか”
  3. W. PATTERSON: Power from Plants, Royal Inst. of International Affairs (1994)
  4. 森林・林業・林産業と地球温暖化防止に関する検討会: 森林・木質資源を活用した循環型システムの構築を目指して, 林野庁(1998)
  5. P. ELLIOT & R. BOOTH: Brazilian Biomass Power Demonstration Project, Special Report Brief. Shell (1993)
  6. 高橋確: 紙パ技協誌, 52, No.5, 61 (1998)
  7. Swedish Nat. Energy Administration: Energy in Sweden, Swedish Nat. Energy Administration (1998)
  8. U. JOHNSSON: Environmental Taxes and Decrees and Marketing(1996)
  9. Ministry of Industry and Commerce: The new Swedish Electricity Market, Ministry of Industry and Commerce (1996)
  10. 南田中(自費出版): 日本林業活性化のためのバイオマス発電.旭技研工業発行(1998)

初出: 「科学」1999年1月号