さとやま

里山研究会ニュースレター
第6号
1993年11月15日発行

第3回講演会が開かれました

さる9月18日,京大会館におきまして第3回講演会が開かれました。伊根町森林組合から岡田一郎常務理事,また高槻市森林組合から氏原修参事をお招きしてご講演を頂きました。


NHK国際放送の反響から

さる3月おこなわれましたワークショップの模様が,NHKの国際放送で紹介されました。以下はその放送についてNHKによせられた反響のお手紙の一部です。

韓国 光州市 金吉洪さん(教師 50歳)

18日の「里山の緑を守る」は,人間の勝手な自然の収奪を指摘するとともに,高齢化が進み若い森林保護者が必要になっていること,緑は社会資本であり,幼いころから森林に対する関心を持つよう人格形成期における森林教育の必要性を強調したもので,教育的にもすぐれた内容でした。

タイ チョンブリ Krittiya Lapisatepunさん(デザイナー 36歳)

5月20日に放送された「里山の緑を守る」は,山林破壊の危機に直面している古都,京都を守ろうと立ち上がった人々や京都の自然を次の世代に残していくために研究に励んでいる学者の努力を紹介していました。大変興味深く,感動させる話題でした。

インド アザムガール Qazi Hassan Ahmedさん(会社員 36歳)

「地球'93」−地球全体の環境問題を取り上げたこの番組は,リスナーの間に感動の波を広げていっています。こんなに大事な「人類と地球」に関する番組が月に1回では少なすぎます。5月21日には,「里山の緑を守る」を聞きました。すばらしい番組だと思いました。多くのリスナーがラジオ日本の姿勢を喜んでいます。ラジオ日本が今の方針を貫いていったら,環境に関しては,世界のトップの放送局になります。


投稿

里のホタル・水のホタル・陸のホタル・人のホタル

森豊彦(環境科学(株))

日本では44種のホタルが確認されています(大場,1988)。ところが,朝日新聞夕刊(1993.6.23)によると,4月末に日本で未記録のホタルが沖縄県の久米島で発見されました。今回発見されたホタルは「クメジマボタル(仮称)」と呼ばれ,体長約1.6cmでゲンジボタルぐらいの大型種です。発生地は,山腹の溜池から流れる小さな川で,川には幼虫のエサになるとみられるカワニナが無数にいたそうです。ゲンジボタル,ヘイケボタルに次いで幼虫期を水中で過ごすホタルとして日本では3番目の種が発見されたという。しかし,新聞記事だけから判断すると,水中から幼虫を採集し,飼育して成虫に羽化させ,それがこのクメジマボタルと同一であることがわかった,という文面がみあたりません。日本では初記録(新種?)かも知れませんが,水生のホタルであるかどうかは疑問です。

さて,滋賀県ではホタルダスというすばらしい身近な自然観察活動が展開されています。私たちのホタルの1〜4号までを読むと,「ホタル=水」という観点から出発したホタルと人間社会との関わりを読み取ることが出来ます。そこには「ホタル=陸」という視点はなく(日本のホタルの約95%の種は,幼虫が陸生の陸ホタルです),ホタル風景イメージがホタルを水の生き物にしてきたのでしょう。また,いろいろな地域の農家の方々からの聞き取り調査の経験から,里のホタルはゲンジボタルとヘイケボタル(ヌカボタル)の2種類の区分だけでした。

ゲンジボタルやヘイケボタルが生息している水辺にも陸のホタル(ヒメボタル)が至る所で観察されています。これらのホタルは一緒に川辺りを飛び交っていて,よく注意して見ないとヒメボタルをヘイケボタルと見間違ってしまいます。例えば,昆虫歴20年以上の方とホタル調査した時,ヒメ・ヘイケ・ゲンジが混成しているところで,この方はヘイケボタルとゲンジボタルがいたと報告してくれました。しかし,採集したホタルを早速見せてもらったところ,ヒメボタルが混じっていました。「川沿いのホタル調査」という先入観から見間違ったのでしょう。

また,例年ホタルが見られる川でホタル調査をしていたところ,子供達を連れたホタル観察会の大人達がやってきて,川の中に飛んでいるホタルを見て,「ヘイケボタルが,ほら,あっちにも,こっちにも」という会話が耳に入ってきた。うーん,実はこの川にはヘイケボタルもゲンジボタルも生息していません。陸生のヒメボタルしか生息していないことを,既に調査していました。

関西の人里の河川では,川でゲンジボタル,川の土手と林縁でヒメボタル,水田でヘイケボタルがみられます。ヒメボタルは従来から言われてきたような山林のホタルではありません(高槻公害問題研究会,1981; 大津川を考える会,1982; 森,1991)。

大阪・京都・滋賀・和歌山での観察から,これらの府県のヒメボタルの大きさは,ヘイケボタルとほぼ同じで体長8〜10mmぐらいです。ヒメボタルの生息環境はスギ植林・竹林・カシなどの照葉樹林・林縁部の雑草・河川堤防・河川敷内の雑草などで観察できます。飛んでいる時の発光はよく似ていますが,ヒメボタルの発光はオレンジ色的で,ヘイケボタルのように青白くありません。しかし,混成して飛んでいる場合がよくありますので,一般の人は必ず見間違えるでしょう。

「水=ゲンジボタル・ヘイケボタル」という先入観が自然を見る眼を曇らせてしまっているのではないでしょうか。水環境を見る指標としてのホタル観察が流行することは良いことですが,大人の感覚で子供達の自然を見る眼を曇らせてしまう危険性があると思います。知識先行の自然観察は時として,自然を見る眼を養う上で必ずしも良いとはいえません。

ところで,最近になって毎年全国ホタル研究会大会に参加していますが,「ホタル=ゲンジボタル」という活動が大勢を占めています。残念ながら,自然を見る生き物としてホタルがあるのでなく,集客目的の観光的な活動が多いように思えました。ゲンジボタルだけしかみない風潮が伝わってきます。さらに,「ホタル」という新種が全国に出現していることに気づきました。人の心象によって創られた生き物,それが「人のホタル」です。ゲンジボタルでもヘイケボタルでもありません。「ホタル」という新種は,自然から遠ざかった人々の生き物を見る眼を,知識の眼へと変えてしまい,自然を観る感覚の眼を失わせてしまったのではないでしょうか。ありのままの自然は,人から教えられるだけでなく,自らが5感で感じ取るものだと思います。

参考文献

大場, 1988. 日本の昆虫12 ゲンジボタル. 文 一総合出版.
大津川を考える会, 1982. 大阪の泉南地方でヒメボタル発見される. Nature Study, 28(7): 9-11
嘉田由紀子, 1992.ホタルの風景論. 古川・大西編, 環境イメージ論(弘文社):35-79.
水と文化研究会, 1990〜1993. 私たちのホタル, 第1号〜第4号. 水と文化研究会.
高槻公害問題研究会, 1981. 大阪府高槻市のヒメボタル. Nature Study, 27(5):3-6.
森豊彦・永井正身, 1991. ヒメボタルの生態.第38回日本生態学会大会講演要旨集:282.
遊磨正秀, 1993. ホタルの水,人の水. 新評論社


からのくに里山紀行 (第4回)

渡辺茂樹

ハンタンブルの林道は十分道幅のある立派なものであり,所々にはヤギの糞塊が散乱していた。初めはノロのものかと思ったのだが,あまりにも頻繁にそれが見つかるので何か変だという気になり,やがて“メェー”と鳴く黒い獣(こちらのヤギはいわゆる黒山羊である)に遭遇した次第である。ヤギがその下をうろつく樹種はクリ,クマシデ,オオカメノキ,ノリウツギ,シロモジ等々……植物にはあまり詳しくない私だが,これらは日本の里山の植生にかなり近いのではないかと思えた。

無論違いもある。あちこちで岩がむき出しになっているのは,やはりいかにも韓国の山林である。降水量が相対的に少ないということもあり,全体に乾いた印象を与える林でもある。おそらくそのせいであろう。昆虫の数が非常に少ないことにやがて気づく。何でもいいから入れてきてくれと甲虫コレクター氏から渡された毒びんの,フタを開く機会が滅多にないのである。そのことに関係するかどうかは不明だが,哺乳類の痕跡も多くない(ヤギの糞は別だが)。およそ5kmほどの行程において足跡は結局1つも発見できず,糞もイタチ,テン,ヤマネコを各1個採取したのみであった。夏場は日本でも痕跡を探しにくい事情はあるが,比較して異常な少なさである。

無論これだけの知見をもって個体群密度をうんぬんすることはできない。何といっても滞在期間が短すぎるし,脱糞習性の違いということも有り得る。Mr.鑪の表現を借りれば“山1つ超えれば生態は変わる”のであるが,種が異なる場合は殊にその傾向は強まり得よう。

シベリアイタチも異種であるが(ただし「帰化動物」として西日本にも分布),この動物の脱糞習性がニホンイタチと大きく変わるとは思えない。問題はテンである。韓国のテンはキエリテンといい,世界的に見てもその生態は殆ど知られていないのである。イタチに比べればずっとshyであるニホンテンと比較して,さらに人目を避けるようなことがあるいはあるかも知れない。であるならば道路上の痕跡の少なさは,必ずしも密度の低さを意味しないことになる。それを確認するために猟師からの情報提供に頼る術が,残念ながらこの国ではない(済州島等を除いて基本的に全国禁猟区である)。

目的地(テン研究者2人の)が植生においても地形においても何の変哲もない場所であることを確認し,林内には入らずに引き返した。そして未だ日が高いうちからの酒宴となった。結局よくわからなかったキエリテンの生態は,いずれ日韓共同研究によって明らかになるであろう。


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おわびと訂正

第5号中に以下の誤りがありました。おわびして訂正します。

    9ページ左段23行目
      総督付→総督府
    9ページ右段21行目
      好都合だ。Mr.→好都合だが,Mr.
    10ページ右段20行目
      後期→後記