<研究会報告>
以下は2003年4月6日に京都大学で行われた研究会での報告の要旨である。

1. 里山のチョウ

大脇淳
(金沢大学理学部)

はじめに —里山に生息するチョウの特徴とその暮らしぶり—

近年、「里山」は市民レベルでも国レベルでも大きな注目を浴びるようになってきました。その理由は、里山には絶滅危惧種を含め、実に多様な生物が生息していることが明らかになってきたため、身近な自然である里山の価値を見直す必要性が認識されてきたからだと思います。里山の景観の特徴は、二次林、水田、畑、ため池、畦など様々な環境がモザイク的に入り組んでいることです(田端, 1997)。里山では様々なチョウが見られますが、どのようなチョウが生息し、どのように生活しているのでしょうか?これから、石川県金沢市の里山で行ったチョウの調査を元に、里山に生息するチョウの特徴とその暮らしぶりを報告します。なお、使用するデータは全て未発表であることをご了承願います。

1. 里山と都市林の蝶群集の違い

里山にどんなチョウが生息しているかを調べるために、石川県金沢市郊外の里山に約1kmのルートを設定し、ルート上で観察されたチョウの種と個体数を記録しました。1999年4〜10月に、ほぼ週1回の間隔で調査を行いました.しかし、里山だけを調査していても里山の特徴がよく分からないので、比較のため都市部に残された金沢城公園の林にも同様に約1kmのルートを設定し、里山と同様の調査を行いました。金沢周辺の里山林には、コナラ・アベマキが優占します。一方、金沢城公園の林にはシイやクスなど常緑樹が多く生育しています。これは都市林によく見られる特徴です。それでは、里山と金沢城公園(都市林)のチョウ群集はどのように違うのでしょうか?

調査の結果、里山では53種、金沢城では34種のチョウが観察され、27種は両地区で共通していました。よって、都市林のチョウ群集は里山のサブセットと言えるでしょう。里山と比べると、金沢城では特に年1化、狭食性、狭分布域(例えば日本固有種や環日本海にのみ生息する種)の種を欠いていました。今まで愛知(田中, 1988)、大阪(石井ら, 1995など多数)、筑波(Kitahara & Fujii, 1994)の里山でチョウの調査が行われ、どの調査でも50種前後のチョウが観察されています。どうやら、一般的に里山には50種程度のチョウが生息しているようです。一方、都市林では種数はずっと減ります。特に年1化、狭分布域の種が欠落するのは先程述べた通りですが、具体的にはコナラ属を食べるアカシジミ、ウラナミアカシジミなどのゼフィルス類やミヤマセセリ、ササ食のキマダラヒカゲ類やクロヒカゲ、コチャバネセセリなどが消えていきます。つまり、里山はチョウの多様性だけではなく、固有性の観点からも重要な環境です。里山が都市化すると、たとえ小さな林が残されたとしても、チョウの種数や固有性は失われるでしよう。

里山ではチョウの種数が多いことは分かりましたが、では里山でチョウはどのように生活しているのでしょうか?私が調査した里山は水田の中に二次林がパッチ状に分布していましたが、二次林に生息するチョウはハビタットが分断化した景観の中でどのように暮らしているのでしょうか?以下に新たな章を設けて、二次林に暮らすササ食のチョウの暮らしぶりをお話しします。

2. 二次林が分断化した里山景観におけるササ食ジャノメチョウ類の個体群構造

二次林は里山のチョウの多様性を支える最も重要な環境です。二次林に生息する蝶のうち、研究対象としてササ食のチョウ類(クロヒカゲ、キマダラヒカゲ類、コチャバネセセリ)を選びました。その理由は、(1)個体数が多いこと(個体数が少ないと個体群調査が困難なため)、(2)ササ食であること(近年里山の管理放棄からササ類の繁茂が大きな問題となっているため)です。まず、成虫がどのように分布し、 どう移動しているのかを明らかにするために、面積の異なる7つの二次林でマーキング調査を行いました。 コチャバネセセリは捕獲しにくく、マーキング調査に失敗しましたが、他の2種に関しては以下の事が分 かりました。

(1) クロヒカゲ、キマダラヒカゲ類ともに、成虫は1.5ha以上の二次林に分布し、0.1ha以下の二 次林にはほとんど分布しない。

(2) 両種とも多くの個体は同じ二次林に留まるが、一部は二次林の問を移動する(1.6〜33.3%)。 その移動頻度はクロヒカゲよりキマダラヒカゲ類の方が高い。

以上のことは、両種はメタ個体群構造をとっていることを示唆しています。メタ個体群とは分断化した ハビタットに局所個体群が存在し、局所個体群間で低頻度の個体の往来がある状態を言います。ハピタッ トが分断化した景観での個体群存続には、メタ個体群システムの確立が重要です(Hanski et al., 1994), 里山は二次林、水田など様々な環境がモザイク的に入り組むのが特徴であるため、個々の環境は分断化し やすいはずです。このような環境の中で、二次林に生息するクロヒカゲやキマダラヒカゲ類はメタ個体群 構造をとって生き延びているようです。

次に、どのようなササ群落が利用されているのかを明らかにするために、面積の異なる4林分のササ群 落に計14個のコドラートを作り、幼虫の密度を調べました。その結果、クロヒカゲの幼虫密度は大きな 二次林(1.5ha)の日当たりの悪いササ群落で高かったですが、キマダラヒカゲ類の幼虫は6群しか発見 されなかったにもかかわらず(キマダラヒカゲ類の幼虫は群れで生活する1〜2令期のみ調査。群れを1 っと数えた)小さな二次林(0.07ha)で2群発見されたため、二次林の面積には影響されないようです。 一方、コチャバネセセリの幼虫密度は、日当たりや二次林の面積には影響されませんでしたが、新しいサ サの葉の枚数が多いほど密度が高くなりました。

この結果は、成虫の分布・移動パターンや幼虫の習性を考えると納得できます。クロヒカゲは、暗い環 境を好むため暗い場所に産卵し、二次林間の移動頻度が低いため小さな林は利用されにくいのでしょう。 一方、キマダラヒカゲ類は二次林間の移動頻度が高いため、小さな林に行く機会も増え、小さな林も産卵 場所として利用されると思われます。コチャバネセセリは幼虫が巣を作るため、幼虫密度は巣を作りやす い新しい葉の枚数に影響されるようです。

このように、同じ植物を利用する3種は分布や移動パターン、利用するササ群落が種ごとに違いますが、 それぞれうまくやっています。このようにハビタットが分断化した環境でこれらの種が存続するには、 (1)ある程度大きな二次林があること、(2)二次林が移動距離の範囲内に隣接すること、が重要です。 里山という環境はこの2つの条件を満たしているからこそ、多様なチョウが生息しているのでしょう。

最後に、常にご指導頂いている中村浩二教授(金沢大学自然計測応用センター)、お忙しい中本文を懇 切丁寧に添削して下さった田端英雄教授(岐阜県森林文化アカデミー)に深くお礼申し上げます。

引用文献