<研究会報告>

2. 私たちの里山研究はどこまで来たか
—岐阜県上石津町における里山研究—

田端英雄
(岐阜県立森林文化アカデミー)

私たちは京都府・大阪府・奈良県にまたがる京阪奈丘陵や京都近郊での里山研究に基づいて、1997年 に「里山の自然」を出版しました。私たちが及ばないところを、里山を研究する多くの仲間に助けてもら いました。この本で提案したことは今も何も変更する必要がないと思っていますが、多くの点であのレベ ルから進歩しました。

私は2000年に京大を定年退職した後、2001年から岐阜県立森林文化アカデミーに移り、若い仲間と いっしょに里山の研究室をつくりました。そしてすぐに「里山の自然」の中で行った提案を実現するため の基礎研究に取り組みました。2年問の基礎研究に基づいて、里山林の利用に関する具体的な提案をまと めました。それが、「上石津町木質バイオマス導入基礎調査報告書」(田端ほか,2003)です。その内容 が、つまり「私たちの里山研究はどこまで来たか」です。

1. 私たちの研究の背景と目的

私は2001年から岐阜県立森林文化アカデミーが創設されて、そこに移ることを前提にして、1999年 から2年間岐阜県の支援を受けて岐阜県の調査を行いました。岐阜県では上石津町、荘川村、白川村が里 山林が多く残っていて、里山の研究に適した地域だとねらいをつけていました。そこへ上石津町からバイ オマス利用のための基礎調査の申し入れがありました。私と上石津町との運命的な出会いでした。

1.1. 上石津町における過去の諸事業との整合性

上石津町では、2000年に「上石津町多自然居住生活環境調査環境調査報告書」「上石津町多自然居住 の町づくり提案」が、2001年に「上石津町多自然居住生活環境調査景観調査報告書」が出され、その中 に町民が上石津町の自然をどのように見ているかが示されている。要約すると、
① 景観要素として「森林」「田んぼ」「棚田」が重要な位置を占めていること。これは、森林と田ん ぼが組み合わされた景観のことで、それはまさに「里山」である。
② 上石津町の森林は、荒れていていい状態にはないが、新緑の頃、紅葉の時、緑豊かな時期と四季姿 を変える色彩豊かな景観として高く評価されていること。これは落葉広葉樹林が景観として評価され ていることを意味する。つまり、「里山林」である。
③ 休耕田が景観としても問題であり、何らかの対策が必要である。
の3点に要約される。

さらに、2001年に「上石津町多自然居住の町づくり提案」がなされ、この報告書の中で、「新しい里 山景観づくり」や「先端的自然エネルギー利用」「分散型エネルギーシステム」「エネルギー自立型の暮 らし」などが提唱されているが、「新しい里山景観の創造」や「なつかしい里山景観の保存」として提示 されている「里山景観」は、里山とは何かが明らかにされていないために、提案が明解でない。「里山と は何か」を明確にし、里山とはどんな自然であるかに関する共有できるコンセプトが必要であるというこ とを痛感させられた。

バイオマスエネルギー利用に関しても、具体的な提案ではなく、上石津町でどのように実現させるかと いった実現可能性を感じさせない。上石津町でどのようにバイオマスエネルギー利用を実現するかに関し て、具体的な調査研究が必要であった。

「上石津町新エネルギービジョン」(2001)が策定されて、その中で上石津町が新エネルギーを導入す るにあたって、バイオマスに関する施設展開案として、緑の村公園内の宿泊施設「奥養老」の熱電併給施 設が提案されている。

上石津町で過去に行われた「新エネルギービジョン」にいたる「調査報告書」や「提言」を検討し、連 続性・整合性を保ちながら本調査研究を行うために、まず過去の報告書の検討を行った。そこで出されて いた問題点、残されていた課題などをその作業の中から抽出した。その上で、本調査の視点を明確化する ことにした(第1章14。参照)。

「かみいしづ里山ハーモニー計画—上石津町第4次総合計画—」

平成14年度に上石津町は、平成14年から平成23年の10年間の総合計画「かみいしづ里山ハーモニー 計画—上石津町第4次総合計画—」を発表しました。「里山」は町の共通の財産であり、「人と自然が調 和した里山のまち」づくりをうたった全国的に見てもたいへんユニークな10ヶ年計画といえる。

第1部「基本構想」の中で、主要施策として3つの「未来づくりの指針」が示され、それぞれの指針の 中で里山問題が取り上げられている。「新しい里山コミュニティの形成」のなかでは「里山に関わる農林 業の創出」が、「里山景観の再生と継承」のなかでは「里山景観の形成」が提案され、「地球に優しい循 環型社会の実現」のなかでは「環境保全型農林業の推進」「木質バイオマスエネルギー利活用の推進」が とりあげられている。3つの指針それぞれぞれのなかで、「学習」が取り上げられているが、これが今後 の町民の合意を形成しながら施策を進める上できわめて重要で、私たちの報告書で取り上げている「かみ いしづ里山大学」は、まさに「循環型社会の重要性を学ぶ場の創出」であり、「ふるさとの景観を大切に する意識の形成」であり、「ふるさと学習の推進」であり、「地域に密着した場で、世代を超えた地域活 動の創出」にふさわしい活動であるといえる。

第2部「基本計画」の中では、農業基盤の整備の一つとして「バイオマスエネルギー利活用施設の整備」 が、林業形態の改善の一つとして「里山林の循環伐採推進や整備・活用」が、林業基盤の整備の一つとし て「バイオマスエネルギー利用体系の整備」が取り上げられている。

本調査の中間報告(平成14年)の中で主張した「里山の定義」が、この「第4次総合計画」の里山の 定義として採用されているように、本調査の成果がすでに町の政策決定に生かされているが、平成14年 度の本調査を実施する上で「第4次総合計画」との整合性をつよく意識することになった。さらに、平成 15年度以降に、本報告書での提案を実現させていく上で、「第4次総合計画」はきわめて重要である。 本調査研究の最終的な目的は、上石津町でバイオマス利用を図ることが可能かどうか、そのためにどの ような問題を解決しなければならないかを提出することである。

そのためには、まず上石津町の自然はどんな自然なのかを明らかにする必要がある。町民全員が共有で きるような上石津町の自然に関する知識の整理、上石津町の自然の特質を明らかにする作業がまず大事で あると考えてこの調査研究を始めた。何よりも、「里山」がさまざまに報告書にとりあげられ議論されて いるが、里山とはどんな自然かが明らかでないという印象を受けたので、この報告書では里山とはどんな 自然なのかをはっきりさせたいと考えた。(第2章参照)

その上で、上石津町の自然を使ってバイオマス利用を進めるために必要な資料を集積し、一つ一つ問題 を具体的に検討する手順に従った。
バイオマスの現存量や成長量はどのくらいなのか。(第3章参照)
どのような規模でバイオマス利用ができるのか。(第4章参照)
どのようなバイオマス利用が上石津町に適しているのか。(第4章参照)
バイオマス利用を進める過程で、町民はどのようにかかわっていくのか。(第6章、第7章、第8章 参照)
といった疑問に答えることができるような調査研究を目指した。

そういった調査研究の結果、町民が住み続けたいと思える上石津町にするには自然とどのようにかかわ るのがいいのか、子の世代も孫の世代も上石津町に住み続けたいと思える町づくりの提案をバイオマス利 用をとおして提案できる報告書にしたいと考えた。

1.2. 里山とは何か

里山は、次のようにまとめることができる。

里山 = 林業的自然(里山林) + 農業的自然(田んぼ、畦、ため池、用水路など)

里山は放置するとだめになる。里山林は伐らないとだめになる。田んぼは使わないと林になる。

過去の報告書との関連では、

新しい里山景観作りとは里山利用によって実現できる。

1.3. 上石津町の地形・地質と植生分布—2つの里山林

地形的には、牧田川の両岸に段丘が分布し、この段丘と丹波美濃帯に属する山地との間に鮮新世に堆積 した礫、砂、シルト・粘土の互層からなる奄芸層群の丘陵が分布している。山地は堅いチャートや砂岩か らなり、隆起準平原特有の地形で尾根部は円く斜面は急峻である,丘陵は砂質の堆積層が目立ち、粘土層 が滑り面となった小規模な地滑りが多発している。

こういった地形・地質の特性に見合う植生分布が見られる。つまり、山地にはアカシデが優占する落葉 広葉樹林が分布する。この林は成長が悪いこともあって、伐採間隔があくこともあってウラジロガシ、ア カガシなどの常緑広葉樹の混交率が高いところも目立っている。谷沿いにはケヤキやマメガキなどが生育 する。丘陵には、コナラ林が優占する。段丘面は水田として利用されている。このように、上石津町の植 生は、山地のアカシデ林(常緑広葉樹混交)と丘陵上のコナラ林に大別できる。つまり、上石津町には2 つの里山林がある。

2. 里山のバイオマス量と年成長量

上に述べた2つの里山林について、現存量と年成長量を知ることがバイオマスを持続的に利用していくた めに不可欠である。それぞれの林について、標本区を設定し、すべてを伐採して重量を測定し、絶乾重 /haを求めた。

表1 コナラ林のバイオマス量(総成長量)と定期平均成長量
林齢(年)総成長量
(乾重t/ha)
定期平均成長最
(乾重t/ha)
00
0.036
50.18
0.42
102.26
1.34
158.96
2.75
2022.7
4.99
2547.7
7.12
3083.3
7.98
35123.2
9.45
38151.5
表2 アカシデ林のバイオマス量(総成長量)と定期平均成長量
林齢{年)総成長量
(乾重t/ha)
定期平均成長鼠
(乾重t/ha)
00
0.0003
50.0017
0.011
100.055
0.061
150.36
0.22
201.46
0.45
253.71
0.8
307.7
1.43
3514.8
2.4
4026.8
3.74
4545.5
5.51
5073.1
7.8
55112
9.99
60162
16.4
65244

コナラ林については、薪炭林利用の場合と同じように35年間隔で伐採するとすれば、乾重で123.2 t/ha(水平面積に換算すると150.2t/ha)のバイオマス量が期待できることになり、この伐採量を維持す るならば持続的にこの林を利用できることになる。アカシデ林では、65年伐期で乾重で244t/ha(水平 面積に換算すると310t/ha)が期待でき、これ以下の伐採量ならば持続的にこの林を利用できる。

3. 検討すべきバイオマス利用の事例研究

小型熱電併給システムやペレット生産とペレットストーブやボイラーなどによるその利用など、具体的 なバイオマス利用について、上石津町の状況を配慮して事例研究を行った。

3.1. 小型熱電併給システム導入の検討

結論からいえば、熱電併給システムの導入は現段階では困難である。発生電力20kW/h、発生熱量27 kW/hで、バイオマス消費量が20㎏/hのシステムを導入することを検討したが、必要な168t/年のバ イオマスの供給については、製材廃材や里山林からのバイオマス(約2ha)の供給でまかなえるが、シ ステムの価格だけでなく系統連結装置の設置費用など設備投資が2500万円近くになり、現段階では 5-10年での消却ができないことがわかった。燃料の含水率を20%にするために、生産した電力の半分を 燃料の乾燥のために使わなくてはならないといったシステムの問題点もある。

3.2. 小型ペレットストーブ導入の検討

小型熱電併給システムの導入とは違って、ペレット使用には、オイル焚きのボイラーをペレットボイラー に転換することができるとか、灯油ストーブをペレットストーブに置き換えることによって、身近なとこ ろにペレットの潜在的需要を見つけることができることなどから、化石燃料代替の燃料として有望である ことがわかった。

町内にある公営宿泊施設の年間灯油使用量が22,370リットル(約106万円)の灯油ボイラー(熱効率85%) をペレットボイラー(熱効率80%)に転換すると、年間48.9tのペレットが必要で、ペレット代金が約 137万円になる。つまり、灯油代と比べてペレット代金は1.29倍になる。

家庭における小型灯油ストーブをペレットストーブに乾換することを想定して、家庭での潜在的なペレッ ト需要を知るために、家庭で主に使われているストーブについて、暖房出力、使用時間、年間エネルギー 使用量等のアンケート調査を行った。その結果、家庭で使われているストーブの平均出力は2.9kWで、 平均エネルギー使用量は4,091kWhであることがわかった。これをペレットに転換すると、約1.1t/年 (約33,700円)のペレットが必要になり、灯油代と比較すると1.8倍になる(小型ペレットストーブと してここではイタリア製のECOBABYを選定した)。しかし、今家庭で使われている灯油ストーブは開 放型で燃焼ガスで暖房をするので、住環境を考えると、ペレットストーブと同じように煙突付きの灯油ス トーブと比較するのが望ましい。ECOBABYと同等のコロナ製ポット式ストーブを例に比較すると、年 間灯油消費量は540リットル(約25,400円)になるので、ペレット代は約1.33倍となる。この33%の違いが 高いと考えるか、安いと考えるか。

3.3. エネルギーコミュニティの形成

バイオマス利用の形態としてペレットを考える場合にも、生産地から消費地まで遠距離輸送を必要とす るようでは困るので、環境負荷にに関するライフサイクルアセスメントが必要がある。その意味で、里山 林—ペレット生産—生産地周辺での流通と消費といった地域自立型経済の仕組みの創出を考えなくてはな らない。ペレットの流通やストーブの販売・管理などに関しても、地域での新しい仕組みが必要である。 地域の里山林は伐採して何年かおけば何の林業的投資をしなくても林が萌芽再生されるので、里山は再 生利用可能な資源であり、かつその膨大な資源が手つかずで放置されているという意味で、ここでは里山 を中心に議論しているが、未利用で林地に放棄される間伐材や製材廃材などについてもペレットの原料と して利用できる。

上石津町の町民が、里山景観の保全を考えるならば、里山林利用が不可欠であることを理解し、里山林 の利用を実現するために、ペレット利用は重要である。日常生活の中で裏山からのバイオマスを利用する ことによって、結果的に里山林が豊かさを取り戻すことになる。そのことで住環境が改善され、肩肘張ら ずに日常生活が地球環境の保全につながるといった生活を送ることが、上石津町に住むことに誇りを持て るということだろう。

4. ペレット生産プラントの建設

現段階でペレットの市場が充分大きいわけでないので、なかなかプライベイト・セクターの生産への参 加が難しい事情がある,そこで、公設による実証プラントの建設を考えた。技術的にも経営的にもうまく いくことが実証できれば、民間移管を考えるというシナリオについて述べる。

このシナリオに従って、生産プラントを建設するときに、どのような課題があるかについて検討した。 その一つは、いかに安くて安定的に稼働する生産ラインを作るかである。ペレット生産の3つの過程—破 砕、乾燥、ペレット成形—について、検討して、国産のペレット成形機(300kg/時間の生産能力を持っ もの)を使ったプラントを提案した。

ペレットの製造過程と建設費41,200,000円
設備のメインテナンスに関わる費用
① 電気料金(年間)2,625,600円
② オガ屑製造機関連の費用(年間)840,000円
③ ダイスローラーの交換、ダイスの交換250,000円
④ 人件費4,000,000円
 
建設費の減価償却(10年)4,120,000円
伐出のコスト
バイオマスの原料費は10円/kg(乾重)
ペレットの原価計算
このプラントを、1日8時間、1ヶ月に20日稼働させ、最大300kg/時間でペレットを生産すると、1年間で576トンのペレットが生産される。
年間の必要経費からペレット1kg当たりの必要経費は13.4円になる。これにバイオマスの原料費10円/kgを加えると、原価は23.4円/kgになる。10年の減価償却費を加えると、ペレットの原価は30.5円/kgになる。生産プラントの立地、遊休施設の利用などで異なるために、建家の経費が入っていないが、およその原価計算ができる。

5. バイオマス利用をすすめるための新しい考え方
—帰属価格、環境税、二酸化炭素の排出権取引、自然資本の経済—

現段階での困難な条件下でいかにバイオマス利用を実現するかについて、議論してきたが、ここでバイ オマス利用をすすめるための新しい考え方についてもふれておこう。近年、税に関する考え方が変わって きた。PPP(汚染者負担の原則)的な課税である。バッズ課税である。環境税などがそれである。課税さ れると化石燃料の価格が上昇し、消費が抑制され、二酸化炭素の排出抑制インセンティブが働くという仕 組みである。環境税の根拠は、二酸化炭素が増えることによってどれだけの負担が生じるかを予測してマ イナスの帰属価格であるが、これの決定も難しくなかなか一義的には決まらないので、環境税も政策的な 課税であるともいわれるが、近く日本でも導入されることになっている。

さらに、京都議定書によれば、日本は2008-2010年までに温室効果ガスを1990年比で6%削減しな くてはならない。その削減手法が「京都メカニズム」である。つまり、「排出権取引」、排出削減枠のあ る国での「共同実施JI」、排出削減枠のない国での「クリーン開発メカニズムCDM」である。このうち、 どのようになるかは今の段階で予測しかねるが、、バイオマス利用にとって排出権取引は大きな影響を与えるものと考えられる。排出権取引における炭素あるいは二酸化炭素の価格が不透明であるが、排出権取引の市場が成立すれば、小規模な排出権についてもプローカーなどによって取引の対象になるだろう。その時、バイオマス利用は、排出権の取引から利益を得ることになる。今仮に、環境省から発表された(平成 14年10月29日付け日本経済新聞)50000円/CO2・tを元に試算すれば、上述の灯油ボイラーのペレッ トボイラー転換よる二酸化炭素削減は、年間約280万円の新しい価値を生むことになる。開放型の家庭 用灯油ストーブのペレットストーブ転換による二酸化炭素削減は、約4万9千円になる。

どのレベルでの取引が可能になるかは明らかでないが、仮に300kg/時間の生産能力を持つペレット生産プラントのペレット生産量による二酸化炭素削減を試算すれば、年間3300万円にのぼる。

今後は、今まで何の価値もないと思われているものに新しい価値が生まれる。新しい「自然資本の経済」 も提案されるようになってきたので、現状の閉塞した状況に惑わされることなく、未来を見据えた新鮮な 思考が必要になっている。

6. 「かみいしづ里山大学」

こういった新しい施策を進めていくためには、いかに住民の合意形成をはかるかがキーになる。そこで、 住民参加の「里山大学」を開催している。みんなで鎌で草生の草を刈ると、カキランやセンブリやリンド ウが見事に花を付けるようになることを体験することで、自然がどのように私たちの働きかけに反応する かを知ることができる。使わなければ自然は豊かさを失っていくことを知ることからはじめている。この 里山大学は、行政、町民、研究者がいっしょになって運営している。