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里山からみる自然エネルギー開発・供給と農山村の活性化(下)
ー日本の農地の生産性と生物多様性を保全する道ー

田端英雄

いま日本の農地はきわめて憂慮しなければならない状況にある。減反による農地の荒廃である。しかも,日本の食糧自給率が約四〇%にすぎないのに,減反で農地が耕作放棄され,その生産性が低下している。そしてその結果,減反が始まって最初に放棄された中山間地の農地がまず荒廃してしまった。当然のことだが,田んぼが放棄されれば畦の管理も放棄されて,里山林に隣接する里山の生物がそのすみ場所を失って絶滅の危機にさらされている。中山間地ではハンノキ林になってしまっているところさえある。この田んぼを涵養していたため池も放棄された。そしてため池の生物や畦の植物,田んぼの植物が姿を消した。平坦地では土地基盤整備によって整然とした農地に変わったが,畦は軽自動車道やコンクリートブロックや波板になってしまい,田んぼの畦は生物が住めない場所になったり,大きな舗装道路脇の植物が生えるような畦になってしまい,生物のすみ場所としてはだめになってしまった。貴重な植物のすみ場所としては荒れていても,放棄された中山間地の農地はいまならまだ回復可能だ。ここで改めて,日本の生物多様性は,農業と林業,つまりは水田耕作や薪炭生産や柴採取によって守られていたのだということを思い知らされる。食管制度がなくなり減反を継続する法的な根拠はなくなったのにもかかわらず,依然として減反が半強制的に行われている。そういった状況の中で,減反が日本の農地を荒廃させ,生物の多様性の保全を困難にしているので,減反をやめて放棄された農地を再び農耕地として復活させる方法はないかと考えた。その過程で,バイオディーゼルを作るためのエネルギー作物としてナタネを導入して,減反をやめ農地の保全と生物多様性の保全をはかることを提案した(注1,2)。

バイオディーゼルの提案

先進国の農業にとって減反政策は一度は経験した政策であるといってよい。しかし,ドイツでは農地の荒廃,生産力の低下を伴う減反政策はその役目を終わり,生産力を維持しもっと積極的な農業を目指すようになった(注3)。それがナタネ油からのバイオディーゼルの生産であった。

油作物・蛋白質作物推進連盟(ufop)の出版物などを参考にして,バイオディーゼルについて紹介しよう。

バイオディーゼルというのは,ナタネ油をエステル化すると,ディーゼルカーを走らせる燃料になる。ナタネ油のメチールエステルをバイオディーゼルと呼ぶようになった。ディーゼル自身が植物油をディーゼルエンジンに使うことを考えていて,既に特許申請書の中に書いていたといわれている。一九八〇年代になると,実際にナタネ油のメチールエステルをディーゼルエンジンに使ったり,常温常圧でのバイオディーゼルの製造が可能になったことなどが,バイオディーゼルへの傾斜を早めた。

ドイツにおけるバイオディーゼル生産のための土地利用の拡大は目覚ましく,一九九三年には十三万ヘクタール,一九九五年には三十万ヘクタールといった具合に拡大した。こういったバイオディーゼル用のナタネ栽培の拡大を,ufopなどによるバイオディーゼル使用の強力なキャンペーンやフォルクスワーゲンやメルセデスやオペルなど大手自動車会社がバイオディーゼル使用に賛同したことやバイオディーゼル仕様の自動車を発売したことなどが後押しした。

環境への不可という点から見ても,バイオディーゼルは優れた特性を持っていることが,バイオディーゼルの生産を進めるうえで大きな利点になったのはいうまでもない。再生可能なエネルギー資源であるだけでなく,バイオディーゼルの燃焼によって生じる二酸化炭素もナタネの育成によって吸収されるのでいわばゼロエミッションの燃料でもある。しかも,NOXはやや増加するものの,ディーゼルエンジンの排気ガス中の煤などのディーゼル微粒子物質(PM)が少ないとか,といった利点があるうえ,ラットによる急性皮膚毒性と経口毒性の試験によって調べられたバイオディーゼルの生物毒性がきわめて低いことも,バイオディーゼル利用を推進するうえで人々に安心感を与えた。さらに,生物によって分解されやすいという特性もバイオディーゼルは持っている。このように,バイオディーゼルは化石ディーゼル燃料と比べたときに,はるかに環境にやさしい燃料であるといえる。

こうしたさまざまな環境リスクを減らす利点のほかに,再生可能な資源であり,地球温暖化ガスの削減に寄与でき,エネルギーの安定供給にもなるといった利点のほかに,なによりもバイオディーゼルの利用が受け入れられた理由は,化石ディーゼル燃料と混合使用ができるという点であろう。しかも,エンジン周りのホースなどのゴム製部品を油に強いフッ化ゴムエラストマー製の部品に交換するなどわずかの変更が必要なものの,エンジンを変えることなくバイオディーゼルの使用に切り替えることができ,またバイオディーゼルから化石燃料へ切り替えることができるというのは大きな利点である。

農業部門でもドイツでは,減反のうちでのナタネの栽培に対して一ヘクタールあたり七百三十マルクの転作奨励金が出されたり,油一リットルあたり一・一マルクの補助金が出されたことも,栽培を後押ししたであろう。さらにはバイオディーゼルには石油税が免除されるという税制面からのサポートも行なわれた。

こういった利点があるために,経済学者からバイオディーゼルは補助金や税制面での優遇措置などがあってはじめて化石燃料との競争力を持ちうるという意味で,バイオディーゼルはせいぜい経済の隙間をうめる「ニッチ製品」であるといった批判があるにもかかわらず,栽培面積が増えて,生産が順調に増え,バイオディーゼルの給油所が増えている。バイオディーゼルの経済効果は,五千人もの雇用を作り出したといわれている。

一九九七年のドイツでのバイオディーゼル生産は,年間約八万トンで,それは全ディーゼル燃料消費量の〇・四%に当たる。将来的にはドイツで総ディーゼル燃料需要の四〜五%をバイオディーゼルで代替可能であるとする予測がなされている。

アメリカやカナダでも,炭鉱内のような閉鎖的な場所では一〇〇%バイオディーゼルに切り替えるとか,アメリカでは都市バスでバイオディーゼル燃料とディーゼル燃料を混合使用するとかいった実験がすでに始まっている。

日本における見通しと展望

こういった外国におけるバイオディーゼル事情をふまえて,日本でのバイオディーゼルの可能性を検討してみたい。

減反で耕作放棄された日本の農地でナタネを栽培することは,実現可能な提案かどうかについて検討してみよう。ナタネは,かつて全国で広く栽培されていたころとくらべると栽培面積は減ったものの,今でも全国で栽培されているので,各地に適した品種が残っているだけでなく,その栽培技術が残っている。ナタネは高緯度地域から熱帯地域まで栽培可能であるから,寒冷地に適した春まき品種と普通の秋まき品種があって,ナタネは日本では北海道から沖縄まで栽培可能である。しかもナタネは昔から稲作の裏作作物として作られていたので,田んぼに特別な処置をする必要がない。ナタネは土性を選ばない作物でもある。調べてみると,搾油所も各地にのこっている。ナタネの栽培は普通には苗を移植する。しかし,バイオディーゼルのためのナタネ栽培では,コストを下げるために直播きするのがいいだろう。ドイツの転作奨励金のように,日本でも転作奨励金を利用することができよう。

私が提案するのは,農家有志によるナタネ生産グループが生産したナタネを利用者が買い取る形で生産と消費がリンクした仕組みを作り上げることで,日本におけるバイオディーゼルの展開をはかる手法である。この点で現段階ではささやかであるが,トラックの使用者が中心になって農民に働きかける新しい動きが始まろうとしていて,注目に値すると考えている。

栽培を始めるためには,新しい仕組みが必要であろう。しかも,中山間地の農地でいかにして再び農業耕作といった課題を実現させながら,ナタネ栽培を推進する仕組みが必要である。そこで,生産性の高い平坦地の農地を中心にナタネ栽培を行い,稲作を比較的生産性の低い中山間地の農地の方へシフトさせる。そのことによって,日本の自然文化遺産である田んぼやため池を守り,結果的に米の生産調整にもなり,生物多様性をはじめとするすぐれた日本の生物的自然を保全する。ただし,アクセスが難しかったり,機械化が難しかったり,中山間地の農地での農耕は大変である。生産性が低いから収入も低くなる。そこで,農地を保全し,自然を保全する農業をになってくれる農家の人たちに,直接所得保証をするのはどうだろう。農地を放棄して,農地を荒廃させる減反に対して補助金を出すよりも,こういった直接所得保証の方がずっと納税者の理解を得やすいと思う。これはデカップリングをすすめる提案でもある。老齢化や後継者難など農業をめぐる別の難題はあるが,それは農地を社会的共通資本として考えるような方向での解決を追求しなくてはならないだろう。

将来,バイオマス(木質燃料などの生物燃料)を利用した熱電併給プラントができれば,バイオマス燃料を安定供給するという意味で,ヤナギ等のバイオマス作物を農地で栽培することも考えることができるだろう。

(おわり)

参考文献

注1) 田端英雄 (1999) 農業を変えるバイオディーゼルを推進するために. さとやま 15: 2-5.

注2) 田端英雄 (2000) 木質熱電併給システムによる里山の持続的管理を—新しい農業・新しい林業—. 科学 69(1): 28-30.

注3) Patterson, W (1994) Power from Plants. Royal Inst. of International Affairs.

初出: 週刊農林 2001年3月15日号